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Books&Music 視聴覚室

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(Music) 人生のメリーゴーランド   久石譲 作曲

 これは私の場合まだ道半ばなのです。行きつけのスーパーで、よく買う食品が三パックで40%オフなどという表示をみるとつい買ってしまうことは、実はあまりシンプルにならないと自覚しています。我が家の食品置き場は、いつも満杯です。どうせ使うんだからと少しでも安くしたいという、主婦らしいみみっちさからの行為なのですが、実は必要以上の買い物をしているので全体としてはあまり出費は減っていないでしょう。
 前に大量にストックした多くの食品は、突然の食生活の改善後、ほとんど出番がなくなってしまいました。もったいなくて捨てられないので、時々使って少しずつ消費していますが、「こんなに買うんじゃなかった」と思うことひとしきりです。今後は、もう少し棚がガラガラになるような買い物の仕方を心がけたいと思っているところです。

 

映画「ハウルの動く城」を偶然久しぶりに観ました。前回、映画館で観たときには配役が声優とあまりに重なってしまって、物語にあまり感情移入できなかったのですが、今回は二回目ということもあって、もっとものがたりにすんなりと入っていけました。その中でより印象的に響いたのがこのテーマ曲。

ハウルの中で宮崎監督が繰り返し訴えようとしているのはハウルのかっこよさなどではなく、主人公ソフィーにかけられた呪い、というか言霊のちからだと思うのです。コンプレックスの中で自ら老けていた彼女が冒険の中で次第に見つけていく、自分探しの過程がこの曲の中に現れているような気がするのです。

人生は、私も含めてすべて堂々巡りのメリーゴーランドに乗っているようなものです。自分を愛せるようになったかと思えば、次には再び「どうせ…」と卑下していたりする。そのなかで不意に「でも、こんな風景にめぐり会えたんだもの、いいわよね」と思えることがあります。私にはそういう瞬間がよく訪れ、その部分がこの映画でもっとも共感できる部分でした。

久石譲が人生というテーマに選んだ「メリーゴーランド調のワルツ」は、まさに私の人生に関する感覚と一致しています。どこか憂いを含むメロディは、しかし、決して悲劇的ではなく穏やかな幸福感も同時に揺り起こします。楽しいだけでなく、悲しいだけでもない。それを同時に持つワルツの軽快さが「ひとの生き様」に重なります。

人生とは灰色の日常だけでもなければ、一瞬のバラ色の輝きだけでもありません。その両方が複雑に絡み付いて廻りまわっていくものです。世の中にいる美しい人や出来のいい人、始めからお金の心配のない人などをみてうらやむ気持ちがないといえば嘘になります。でも、自分がそうでないことを比較して惨めな気持ちに浸ることにはあまり意味がありません。なぜなら、誰かの光の部分は、その人の人生の一部分を切り取ったに過ぎないからです。

私はバラ色の部分だけでなく灰色の部分も含めて、自分の人生を肯定していきたいと思っています。そんな今の気持ちにこの曲はまさにぴったりなのでした。

 

written by polepole, published on 01. 05. 2010




(Book) エコロジー的思想のすすめ   立花隆 著

 これは私の場合まだ道半ばなのです。行きつけのスーパーで、よく買う食品が三パックで40%オフなどという表示をみるとつい買ってしまうことは、実はあまりシンプルにならないと自覚しています。我が家の食品置き場は、いつも満杯です。どうせ使うんだからと少しでも安くしたいという、主婦らしいみみっちさからの行為なのですが、実は必要以上の買い物をしているので全体としてはあまり出費は減っていないでしょう。
 前に大量にストックした多くの食品は、突然の食生活の改善後、ほとんど出番がなくなってしまいました。もったいなくて捨てられないので、時々使って少しずつ消費していますが、「こんなに買うんじゃなかった」と思うことひとしきりです。今後は、もう少し棚がガラガラになるような買い物の仕方を心がけたいと思っているところです。

1971年に書かれた本ですから、この手の本としては「古典」といってもいいのかもしれません。30年以上経って「エコロジー」という言葉はすっかり定着しましたが、それ以上のこと、著者が本の中で警鐘を鳴らしていることについては全く進んでいないといってもいいのではないでしょうか。

「私たちの暮らす地球とは有限の空間である」

エコロジーという考えの中で著者が伝えようとしている事実は、結局、これにつきると思います。30年前から変わらないどころか、ますます複雑になり、修正が難しくなった状態で私たちは生きています。

本の中に出てくる「麩を作る機械を生み出した鯉のたとえ話」はこの地球に住む人間という存在のジレンマをよく表しています。−自分たちの餌である麩を池の水から作り出す機械を発明して喜んでいた鯉はある日、池の水が少なくなっていき自分たちが絶滅の危機に去らされていることに気が付く。しかし、作り出す麩に依存している状態は変えられず、しかしこのまま池の水がなくなっても困る。にっちもさっちもいかない、という話でした。

私たちの状態はかなりこの鯉に似ています。違うのは地球が池よりほんの少し大きいことくらいでしょう。池の水を残し続けるためには一番いいのは鯉と麩を作る機械が池からいなくなることです。しかし、私も含めて人間は地球からいなくなったりしたがりません。ならば、麩を作るのを減らすしかありません。

written by polepole, published on 01. 05. 2010

 

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